2012年2月10日 09:00
今朝から東京には雨が降っていました。
ここのところ雨が降らないため、乾燥した日が続いていましたからちょうど良い「お湿り」です。地下鉄稲荷町駅から会社までの通勤途中、道路際に雨に濡れた自転車がたくさん止めてあります。
どなたの自転車か分かりませんが、サドルがすっかり濡れています。
雨の降る中、自転車が濡れているのをみると「むかしむかしのある出来事」がフラッシュバックのように思い出されます。
私の大切で忘れられない思い出です。
今から25年ほど前のことですが、通勤で使っていた地下鉄の駅が、子供が通っていた中学校の校門近くにありました。私の自宅から地下鉄まで徒歩で20分ほどかかっていたので自転車で通っていました。ほぼ毎日猛スピードで坂を下り、校門近くの歩道に自転車を止めて通勤していました。
ある日残業で夜遅くなり、最寄り駅の地下鉄の階段を登り、地上に出てみると雨が降っていました。「あぁー雨か・・・どうしよう」と思いながらふと自分の自転車を見ると、サドルの上に真新しいタオルがきっちりと巻きつけてあります。「あらっ、これは私の自転車だよね・・・」と思いながらそのタオルをはずしてみてビックリ。
先日、彼がお小遣いをためてやっと買った「アディダスのスポーツタオル」だったのです。
私の自転車のサドルが濡れているのを見て「濡れたらかわいそう」と思ったのだと思います。「あんなに大切にしていたタオルを使ってくれたんだ・・・」と思い、胸に迫るものがありました。このできごとは今でも私にとって、ありがたくて尊い宝物のような思い出になっています。
2012年1月24日 09:00
今年は1月9日が成人式でした。例年の成人式ではマナーの悪い新成人が大暴れするシーンが報道されてきましたが、今年はあまり目にしませんでした。
テレビでは被災地の若者を取材報道していましたが、みな「自分のことはさておき、誰かの役に立つ人間になりたい」とコメントしていたのが印象的でした。
雨上がりの水滴がこんなにきれいだったなんて・・・。
成人を祝う儀礼は古くからあって、男子は元服、女子は結髪などがあったそうです。
現在の成人式のルーツは敗戦後、国民が虚脱状態に陥っているとき、埼玉県蕨市で手作りの「青年祭」ができたことが始まりだそうです。「次代を担う青年達に明るい希望を持たせ励ますため」に企画運営されたそうです。
この影響をうけて、1948年に公布・施行された祝日法により成人式は
「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」との趣旨のもとに全国で行われるようになりました。
今年の新成人へのインタビューを聞くと、「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとしている」ように見える若者ばかりでした。昨年の震災が若者達に与えた影響がいかに大きかったかがわかります。
我が家のベランダに遊びに来たつがいの小鳥です。休んだあと、元気良く飛び立って行きました。
先日、TVである方が新成人へのメッセージとして「自分の知らない自分を探しに行きなさい」と言っていたのを聞き、言葉のもつ力にすっかり魅了されてしまいました。
私だってこれからまだ「自分の知らない自分を探しに行けるかもしれない・・・」などと空想し「自分の知らない自分に会えるかもしれない可能性」に挑戦し続けたいものだと思いました。
2012年1月17日 09:00
友人のお宅で、こんな小さな世界に出会いました。
ベランダに水盤が置いてあるのを見つけて「金魚を飼っているの?」と聞いたところ
「メダカです」とそっけない返事。
どれどれメダカと言えば子供のころ見た「灰色の・・・あの地味な小魚かしら」と思って覗いて見るとなんとなんと、金魚の赤ちゃんのように赤い色をしています。
よく見ると、5匹の赤いメダカが群れています。
私には金魚の赤ちゃんにしか見えないのですが、どうやらメダカには色々な種類があるようです。この赤いメダカはヒメダカ(緋目高)といって体がオレンジ色をしています。
私が子供のころたんぼの中で見ていたのは、野生のクロメダカだったようです。
メダカは日本に棲息する最も小さな淡水魚だそうです。目が大きく頭部の上に飛び出していることからメダカ(目高)の名前の由来になっています。
「日本全国どこにでもいそうなメダカ」ですが2007年、絶滅危惧種指定になったそうです。残念なことに、メダカが生きて行くうえでの環境が悪化したことによるそうです。
水草がセンスよく配置され、美しい大自然を表現しています。
まるで一幅の絵のようです。
メダカをエサにしている昆虫が自然界にはたくさんいるそうです。そのように聞くとメダカは「まるで誰かのために生きている」ようなものですよね。
メダカが居るということはそこに自然があるということですから、その役割は果てしなく大きいのだと思います。
だれの心にも
♪ めだかの学校は 川のなか
そっとのぞいて みてごらん
そっとのぞいて みてごらん
みんなで おゆうぎ しているよ
この歌と連動して「心地よい風と澄んだ水」を思い出すのは私だけでしょうか。
2011年9月27日 09:00
秋晴れの良き日に、友人の結婚式に招かれました。
若い二人の披露宴は、大勢の親戚や友人に祝福された心あたたまるものでした。
主賓挨拶の中で紹介された、詩人・吉野弘さんの「祝婚歌」をご紹介したいと思います。私はこの詩を聴きとても感動してしまいました。

祝婚歌
吉野 弘
二人が仲睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派過ぎないほうがいい
立派過ぎることは
長持ちしないことだと
気づいているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そしてなぜ胸があつくなるのか
黙っていてもふたりには
わかるのであってほしい
吉野弘さんは山形県酒田市生まれの方です。1971年「感傷旅行」で第23回読売文学賞の詩歌俳句賞の受賞を皮切りに、数々の受賞歴があります。ロック・ミュージシャンの浜田省吾の代表曲「悲しみは雪のように」は吉野氏の「雪の日」の影響を受けた曲だそうです。国語の教科書への掲載も「夕焼け」、「Iwas born」、「虹の足」などがあります。
このブログへの掲載を考えたとき、著作権料のことが気になり調べていくうちにこんな記事に出会いました。吉野氏は「祝婚歌は民謡みたいなものです」といい、「民謡というのは、作者が不明なので著作権料がいりませんね、それと同じです」と「著作権料は必要ない」ことを書かれていました。
この詩のなかで「互いに非難することがあっても」からの8行目までは、私達が日常忘れてしまいそうなことが明快に表現されています。私はすっかり吉野ファンになってしまいました。
2011年6月29日 12:00
このブログも今回で100回を迎えることが出来ました。
初めは続けられるのかと不安でしたが、なんとかここまで歩いてくる事ができました。
表参道のケヤキ並木を上から見下ろしてみました。大木に育ったケヤキは、車道までをも被っています。
ケヤキの葉は秋に枯れて冬は枝だけになり、3月初めにはこんな感じで若芽が出でてきます。
ブログに取り組み始めたころは「おしゃれな街並みの表参道を、いろいろ紹介しよう」と思っていました。
こんな裏通りの建物や
こんなおしゃれなブティックなど、まるでヨーロッパの街のようです。
最初はあまり深く考えずに引き受けた仕事でしたが、続けていくうちに「甘い考えでは続けられない」ということを知るようになりました。
「天方さんのブログ見ましたよ」とか「昨日のブログに胸がジーンとしました」など、
内容はさまざまですが、みなさんが楽しみにしていて下さることを知ったからです。
表参道の並木通りに面して建っている 伊藤豊雄さん設計の「TOD`S(トッズ・イタリアブランド)」です
このビルは間口は狭いのですが、奥に深いL型の建物になっています。
伊藤豊雄さんはこの建物を設計するときに「ケヤキの樹をモチーフに、コンクリートで造りたい」と思ったそうです。最近の商業ビルはガラスの外壁が多いなか、力強いコンクリートの壁がとても新鮮です。
斜めに交差している壁はケヤキの枝を表現しています。
設計意図を知ってから、このビルを見上げると不思議なことに外壁がケヤキの樹に見えてきます。自然の樹木からイメージして、それを建築にしてしまう凄さに感動しました。
まさに「自由な発想」の産物です。
私も「自由な発想」にはいつも憧れています。自分を自由にしておけることはめったに
出来ませんが、このブログを書いているときは「かなり自由な気持ち」でいます。
「クローバーの姿形が美しい」大きな自然を感じます。こんな楽しみ方は私流かもしれません。
これからも身の回りにあるものを、私の目を通して皆様にご紹介できればこんな嬉しいことはない
と思っています。
2011年6月21日 09:00
今年の父の日は6月19日でした。
父の日は父に感謝を表す日で、日本では6月の第3日曜日です。
会社の仲間でお昼ご飯を食べているとき「みんな、父の日になにかしている?」という会話になりました。数人いたテーブルでは、「私は何もしていない」という人ばかりでした。
そんな皆さんも「母の日」には、お母さんにカーネーションをプレゼントしているのではないかと思います。
「父の日」はまだ、日本では馴染みが薄いのかもしれません。
私の父は絵を描くことが好きで、家の周囲の景色をたくさん残しています。
文章を書くことが好きで「北海道の地元開拓史」や「桜ヶ丘学園の歴史」なども創りました。
この絵はそれらの表紙に使われたものです。
私が育った田舎は、こんな美しい田園風景です。これは本の裏に印刷された絵です。
父の日について調べてみました。
1909年にアメリカ・ワシントン州スポーケンに住むソノラ・スマート・ドッドという女性が、父を讃えて父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったのが、きっかけと言われています。彼女は幼くして母を亡くし、父親に育てられました。父が亡くなったあと、彼女は「母の日」があるのだから「父の日」もあるべきだと考え「母の日のように父に感謝する日を」と嘆願して始まったそうです。
「母の日」の花がカーネーションなのに対し「父の日」の花はバラです。1910年の最初の祝典では、父が健在の者は赤いバラ、亡くなった者は白いバラを身につけたと伝えられています。
私の父が愛用していたベレー帽と、晩年に執筆した「一房のぶどう」という豆本です。
私もソノラ・スマート・ドットのように母を早く亡くしたので、父に育ててもらいました。
想い出は、子供のころ夜中にお手洗いに連れて行ってもらったこと。学校の宿題を手伝ってもらって描いたポスターが上手すぎて、表彰を受けてしまったことなど、きりがありません。私のなかにある文化的なものは、父からのプレゼントだと思っています。
雨の朝、青山の街角に咲いていた紫陽花です。父がことのほか好きな花だったので思わずパチリ。
父は命の消える瞬間まで、美しいものが大好きで「さっちやん、みてごらん」と言ってはそれがどんなに素晴らしいのかを説明してくれました。「人はどうあるべきか」ということや「感動することの豊かさ」を教えてくれました。
父の日に私は白いバラを花瓶に挿して、感謝の祈りを捧げました「お父さん、ありがとう」
2011年3月 1日 09:00
影といえば、夜道を歩いていて自分の影に驚いた経験はどなたにもあると思います。私は田舎育ちだったので、夜道を歩いていて自分の影が長くなったり短くなったり、走って逃げても追いかけられたり、いろいろな思い出があります。
東京で暮らすようになってからは、そんな影のことはすっかり忘れていました。大人になったせいなのか、東京では暗い夜道が少ないせいなのかとにかく忘れていました。
影絵といえばこんな遊びをしたことはありませんか。子供の頃にはいろんな形を映して遊んだものです。
影絵を作って遊ぶには真っ白な障子がうってつけの場所で、姉妹と競争するようにして遊んだことを思い出します。
そんなワクワクした気持ちも大人になって、いつのまにか忘れていました。ところが先日あるレストランで、デザートがこんな豪華な器に入って出てきたのです。
波を打った装飾ガラスの器に、品よく入ったデザート。
デザートが目の前に置かれた瞬間は華やかな器に驚き「まぁーステキな・・・!」と思いきや、実は台座部分は影でした。
お店の演出だったのかどうかは分かりませんが、この美しさに驚いて「思わずパチリ!」
テーブル用の照明がちょうど真上にあったから、こんな綺麗な影が出来たのだと思います。この日はサプライズの演出をしてもらったようで、食事の席が楽しいものになりました。
先日我が家のベランダに面したガラス窓に、こんな美しい影絵を発見しました。
我が家のリビングは東向きで、11時頃まで朝日が入り込みます。ふとベランダに目をやると墨絵のような葉っぱがゆらゆらしていました。上の方には赤くなった葉がわずかに見えます。冬のガラス越しに見える、水墨画のような眺めに思わず感動してしまいました。
影を映しだしていた木がこれです。赤い葉もほとんど散ってしまい、残すところあとわずかです。
朝の忙しい時間でしたが、ガラスに映った木の葉にしばらく見とれてしまいました。
2011年2月 1日 09:00
先月のことですが、私は○○歳の誕生日でした。実は自分の誕生日は思い出さないようにしていますから、当日はすっかり忘れていました。
「天方さん、○○さんから荷物ですよ」と小包みが会社の席に届けられました。
「フローリング材のサンプルかしら・・・」などとつぶやきながら「梱包を開けてみてビックリ!」中にはこんな2本の杖が入っていました。
入っていたのはたいへん立派な「トレッキング・ポール」でした。
「あっ!そう言えば・・・・あのとき」○○さんは私に「誕生日プレゼントに丈夫な杖を買ってあげるね」と言っていたことを思い出しました。
昨年の12月、会社のリクリエーションで御岳山にハイキングに行ったときのことです。私がよろよろしながら坂道を登っている姿を見てつい不憫に思い、口走ってしまったのでしょう。優しい彼はそのときのことを思い出し、プレゼントしてくれたのだと気がつき「胸がジーン」でした。
実は当日も、同僚が道路わきでこんな杖を見つけて私を助けてくれました。
山から下り平地に出たところで、このしぶい杖ともお別れです。
なごり惜しく、今でも「置き去りにした杖はどうしているだろう」などと思い出しています。
ちょうどその時「みたけ山トレイルラン2010」という大会が開かれていました。
トレイルランはこの場合山道徒競争(通常は土の上を走る)の意味だそうです。
まぢかで見るのは初めてでしたが、参加者が若い人から高齢者まで年齢の幅が広いのには驚きました。とても太刀打ちできるものではありません。
最終ゴール地点が御嶽神社でしたから、歩いて登っても相当きついのに走るのですから想像を絶します。
弱った私の脇を元気な老若男女が颯爽と走り抜けて行っていましたから、余計に哀れみを誘ったのかもしれません。
次回のハイキングの際にはこの杖、いえいえポールさえあれば怖いものなしです。
春になったら颯爽と両手に2本のポールを持って、山(丘でもよし)登りする姿をいまから夢に見ています。
2010年11月 9日 09:00
人間はなかなか自分の考え方を変えることは出来ないものです。私はいつも、自分の見ている世界はごく限られたものであることを自覚しなければと思っています。
ある時こんな経験をしたことがあります。
クローバーの野原で「ごろん」と横になり、ふと横に目をやるとそこに「広大な緑の林」が広がっていました。クローバーを下から見上げただけなのですが、全く違った世界がありました。小人(こびと)になった気持ちです。クローバーは小さな頃からのなじみの植物ですが、葉っぱの上からしか見たことがありませんでした。地面との間に「こんな景色が広がっていたのね」とその発見に驚き、いまでもその光景を思い出すことができます。
ペパーミントの若芽です。上から見ると可愛らしい葉っぱです。
同じペパーミントを下から見上げたところ。予想に反して背が高く違った眺めが広がっています。
ペパーミントは上からみると愛らしい小さな葉です。カメラを接近させて、下から見てみると茎は結構な長さで下の方には小さな葉がたくさん用意されています。
肉眼で見るともう少し迫力があるのですが、撮影技術のない私のカメラ技術だとこれが限界です。
誰もが「どんな眺めにみえるかな」と思って植物をこんな角度で見たりしません。楽しい経験になると思いますので、気持ちにゆとりがある時にでも試して見てください。
クリスマスローズの若芽、自分が小人になった錯覚を起こします。
クリスマスローズを上からみたところ
下から見ると葉脈がくっきり見えて力強く、知らなかった植物を見るようです
こんな経験から「自分の視点を変えることで、今まで出会ったことのない感動に出会える可能性があるのだ」と言うことを知りました。このことを自分の考えや人間関係、生き方にまで広げて、視野を広げることができたらいいなと思っています。
この実験を子供と一緒に体験してみてください。子供は目を輝かせて感動した様子を話してくれます。