ダーティントン・ホール
2011年7月29日 09:00
トトネスでタイムスリップしたような感覚になったまま、トトネス再興のきっかけとなった、近くのダーティントン・ホールに案内してもらいました。
ダーティントン・ホールの建物は中世の雰囲気をそのままに残しています。
これらの建物の一部は、サイダープレス(リンゴ酒のため)の工場だったそうです。
1925年(いまから85年前)ニューヨークのホイットニー美術館で有名なホイットニー家の娘ドロシー夫人が、トトネスの郊外にあったこれらの古い建物と広大な敷地を買い取り、ダーティントン・ホール財団を設立しました。ダーティントン・ホール財団は芸術と思想、農業、園芸などの分野を中心に研究や教育活動をしています。
開口部のアーチは美しく完璧です「私もいつか、どこかで造ってみたい!」
暗いところから光に向かうと、この演出は可能になります。私の大好きな手法です。
このアーチに使われているモチーフは、ヨーロッパ建物のさまざまなところに見られます。
そう言えば戦で使った盾も同じ形だったのではないかしら・・・。
白く塗ったこのアーチもステキ・・・でもなぜここの壁がこんなに厚いのだろう・・・。
この施設のなかには芸術大学、美術館、有機農園、クラフトショップ、オーガニックレストランなどがあります。ここに来てみて、トトネスの街全体がなぜ「エシカル風な街」だったのかに納得です。(エシカルとはオーガニックで体に優しく、古いものを大切にし「人と地球に負担をかけない」という考え方です)
ホール内部にあるレストランです。タペストリーが石の壁に暖かさを・・・。
ここでも同じモチーフが三角の天井に柔らかさを与えています、美しい!
イギリス人陶芸家のバーナード・リーチもここで工房を持ち、作品を作っていました。
バーナード・リーチは日本で暮らしたこともある親日家で、世界中に多くの弟子がいます。
現在はクラフトショップになっているこの建物がバーナード・リーチの工房でした。
友人の柳宗悦(民芸運動家)左端と浜田省吾(陶芸家で人間国宝)右端がダーティントン・ホールを訪ねた時の写真です。
バーナード・リーチは陶芸に美術品としての価値を認めず、日用品としての器として、形や触覚が大切だと考えたそうです。生涯の友となる民芸運動家・柳宗悦とは、この考え方で結ばれていたそうです。また白樺派の青年達と知り合いになり、彼らの本拠地である我孫子で最初の窯を開き、陶芸家としての一歩を踏み出したそうです。いやぁー本当に驚きました「我孫子の白樺派の文人住居跡地」は現在は一般に公開されていて、私もよく通りかかるので知っています。
「偉大なる日用品」という考え方に、リフォームの仕事と重ね合わせ深く共感しています。






