父の日に思う
2011年6月21日 09:00
今年の父の日は6月19日でした。
父の日は父に感謝を表す日で、日本では6月の第3日曜日です。
会社の仲間でお昼ご飯を食べているとき「みんな、父の日になにかしている?」という会話になりました。数人いたテーブルでは、「私は何もしていない」という人ばかりでした。
そんな皆さんも「母の日」には、お母さんにカーネーションをプレゼントしているのではないかと思います。
「父の日」はまだ、日本では馴染みが薄いのかもしれません。
私の父は絵を描くことが好きで、家の周囲の景色をたくさん残しています。
文章を書くことが好きで「北海道の地元開拓史」や「桜ヶ丘学園の歴史」なども創りました。
この絵はそれらの表紙に使われたものです。
私が育った田舎は、こんな美しい田園風景です。これは本の裏に印刷された絵です。
父の日について調べてみました。
1909年にアメリカ・ワシントン州スポーケンに住むソノラ・スマート・ドッドという女性が、父を讃えて父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったのが、きっかけと言われています。彼女は幼くして母を亡くし、父親に育てられました。父が亡くなったあと、彼女は「母の日」があるのだから「父の日」もあるべきだと考え「母の日のように父に感謝する日を」と嘆願して始まったそうです。
「母の日」の花がカーネーションなのに対し「父の日」の花はバラです。1910年の最初の祝典では、父が健在の者は赤いバラ、亡くなった者は白いバラを身につけたと伝えられています。
私の父が愛用していたベレー帽と、晩年に執筆した「一房のぶどう」という豆本です。
私もソノラ・スマート・ドットのように母を早く亡くしたので、父に育ててもらいました。
想い出は、子供のころ夜中にお手洗いに連れて行ってもらったこと。学校の宿題を手伝ってもらって描いたポスターが上手すぎて、表彰を受けてしまったことなど、きりがありません。私のなかにある文化的なものは、父からのプレゼントだと思っています。
雨の朝、青山の街角に咲いていた紫陽花です。父がことのほか好きな花だったので思わずパチリ。
父は命の消える瞬間まで、美しいものが大好きで「さっちやん、みてごらん」と言ってはそれがどんなに素晴らしいのかを説明してくれました。「人はどうあるべきか」ということや「感動することの豊かさ」を教えてくれました。
父の日に私は白いバラを花瓶に挿して、感謝の祈りを捧げました「お父さん、ありがとう」






