2011年6月29日 12:00
このブログも今回で100回を迎えることが出来ました。
初めは続けられるのかと不安でしたが、なんとかここまで歩いてくる事ができました。
表参道のケヤキ並木を上から見下ろしてみました。大木に育ったケヤキは、車道までをも被っています。
ケヤキの葉は秋に枯れて冬は枝だけになり、3月初めにはこんな感じで若芽が出でてきます。
ブログに取り組み始めたころは「おしゃれな街並みの表参道を、いろいろ紹介しよう」と思っていました。
こんな裏通りの建物や
こんなおしゃれなブティックなど、まるでヨーロッパの街のようです。
最初はあまり深く考えずに引き受けた仕事でしたが、続けていくうちに「甘い考えでは続けられない」ということを知るようになりました。
「天方さんのブログ見ましたよ」とか「昨日のブログに胸がジーンとしました」など、
内容はさまざまですが、みなさんが楽しみにしていて下さることを知ったからです。
表参道の並木通りに面して建っている 伊藤豊雄さん設計の「TOD`S(トッズ・イタリアブランド)」です
このビルは間口は狭いのですが、奥に深いL型の建物になっています。
伊藤豊雄さんはこの建物を設計するときに「ケヤキの樹をモチーフに、コンクリートで造りたい」と思ったそうです。最近の商業ビルはガラスの外壁が多いなか、力強いコンクリートの壁がとても新鮮です。
斜めに交差している壁はケヤキの枝を表現しています。
設計意図を知ってから、このビルを見上げると不思議なことに外壁がケヤキの樹に見えてきます。自然の樹木からイメージして、それを建築にしてしまう凄さに感動しました。
まさに「自由な発想」の産物です。
私も「自由な発想」にはいつも憧れています。自分を自由にしておけることはめったに
出来ませんが、このブログを書いているときは「かなり自由な気持ち」でいます。
「クローバーの姿形が美しい」大きな自然を感じます。こんな楽しみ方は私流かもしれません。
これからも身の回りにあるものを、私の目を通して皆様にご紹介できればこんな嬉しいことはない
と思っています。
2011年6月24日 09:00
6月のはじめ、東京ビックサイトで開催されたインテリア・ライフスタイル展に行って来ました。日本で最大級のインテリア用品(生活関連用品)の見本市です。
私はリフォームの仕事をしているので、インテリアには敏感でありたいと思っています。
この展示会には世界中から、今が洵のトレンド商品が集まるのでたいへん刺激的です。
会場ではエコの時代を反映してグリーン関係のブースがたくさんありました。
花瓶のブースもナチュラルテイストが主流です。
牛乳パックの中で育てる「食べるグリーン」です。
「とれたてフレッシュなグリーンをどうぞ」という展示が新鮮です。
カラフルな壷は加湿器です。
美しいデザインの照明器具や器の展示です。日本製はどんな商品も洗練されています。
この会場で、あるトークショーに出会いました。
タイトルは「エコからエシカルへ エシカルLIFEのすすめ」というものでした。「エシカルって
なんだ?」という興味から聞かせていただきました。
エシカルライフをしている人のことをエシカリアンと言うそうです。表紙のデザインは野菜の子供達で、
画家でイラストレーターの天野嘉孝さんのデザインです。エシカリアンの記念すべき創刊号です。
エシカルとは英語のエシック(倫理、道徳)の形容詞で、意訳すると「良心に叶った、良心に恥じない」というような意味として使っているようです。
1987年設立の財団法人:地球環境財団は「地球の健康を考え、創る会」を立ち上げ、エコ活動をすすめてきました。ここにきて我々の生活全般に、この考え方を強力に広げるため「エシカルライフのすすめ」を宣言したそうです。分かりやすく説明をすると「食べるものには農薬は使わない」とか「木材を伐採したら植樹をする」とか「人と地球に負担をかけない」そんな考え方です。
たしかに「エコライフ」というよりは「エシカルライフ」としたほうが、身近で広い意味に捉えられるように思えます。
「チーム・グリーン」はエシカルな商品を扱う会社です。オーガニックのお菓子から化粧品まで
いろいろな商品を扱っています。渋谷の東急東横店に出店しています。
私はもっといろいろなことを学び知識を広めて、地球に負担をかけないエシカルハウスを作るために、エシカルリフォームを心がけたいと思いました。
2011年6月21日 09:00
今年の父の日は6月19日でした。
父の日は父に感謝を表す日で、日本では6月の第3日曜日です。
会社の仲間でお昼ご飯を食べているとき「みんな、父の日になにかしている?」という会話になりました。数人いたテーブルでは、「私は何もしていない」という人ばかりでした。
そんな皆さんも「母の日」には、お母さんにカーネーションをプレゼントしているのではないかと思います。
「父の日」はまだ、日本では馴染みが薄いのかもしれません。
私の父は絵を描くことが好きで、家の周囲の景色をたくさん残しています。
文章を書くことが好きで「北海道の地元開拓史」や「桜ヶ丘学園の歴史」なども創りました。
この絵はそれらの表紙に使われたものです。
私が育った田舎は、こんな美しい田園風景です。これは本の裏に印刷された絵です。
父の日について調べてみました。
1909年にアメリカ・ワシントン州スポーケンに住むソノラ・スマート・ドッドという女性が、父を讃えて父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったのが、きっかけと言われています。彼女は幼くして母を亡くし、父親に育てられました。父が亡くなったあと、彼女は「母の日」があるのだから「父の日」もあるべきだと考え「母の日のように父に感謝する日を」と嘆願して始まったそうです。
「母の日」の花がカーネーションなのに対し「父の日」の花はバラです。1910年の最初の祝典では、父が健在の者は赤いバラ、亡くなった者は白いバラを身につけたと伝えられています。
私の父が愛用していたベレー帽と、晩年に執筆した「一房のぶどう」という豆本です。
私もソノラ・スマート・ドットのように母を早く亡くしたので、父に育ててもらいました。
想い出は、子供のころ夜中にお手洗いに連れて行ってもらったこと。学校の宿題を手伝ってもらって描いたポスターが上手すぎて、表彰を受けてしまったことなど、きりがありません。私のなかにある文化的なものは、父からのプレゼントだと思っています。
雨の朝、青山の街角に咲いていた紫陽花です。父がことのほか好きな花だったので思わずパチリ。
父は命の消える瞬間まで、美しいものが大好きで「さっちやん、みてごらん」と言ってはそれがどんなに素晴らしいのかを説明してくれました。「人はどうあるべきか」ということや「感動することの豊かさ」を教えてくれました。
父の日に私は白いバラを花瓶に挿して、感謝の祈りを捧げました「お父さん、ありがとう」
2011年6月17日 09:00
梅雨の晴れ間をぬって友人の家を訪問しました。
こちらの住まいは、富士山の麓に広がる眺めの良い丘陵地にあります。友人はご夫婦ともこの地域の出身の方で
30年近く東京に通勤されています。私が横須賀に住んでいる時に知り合った、古い友人のご家族です。
道路から5メートルくらい上がったところに家の玄関があります。緩やかな斜面に建っている家です。
アプローチ階段を数段あがったところ、周囲の緑に溶け込むようにポストがありました。
この家を訪れた人はまずこのポストを見て「家のインテリアも素敵なんだろうなぁー」という期待に胸がふくらみます。家は人と同じで第一印象がとても大切です。
日本では、昔から玄関前にお客様を迎える心配りがされてきました。玄関前に打ち水をしたり、踏み石の両側にさりげない植物を植えたりしてきた歴史からも分かります。
広い庭に大きな木があり、森のなかの家という感じです。大きな木はヒメシャラの大木です。
ヒメシャラは姿・形が美しいので私も大好きな木です。
ここで朝ごはんを食べることもあるとか・・・羨ましいです。
この家は大規模に計画された開発地域の中にあるので、近くにゴルフ場、テニスコート、プールなどのスポーツ施設やオシャレなレストランもあります。私達も若いころはテニスをしたりプールに入ったりしてアクティブに活動していましたが、最近はクレマチスの丘を散歩するくらいです。ここにはヴァンジ彫刻庭園美術館やビュフェ美術館のほか井上靖文学館などの文化施設もあります。
友人は多くの趣味をもつ、とても魅力的な女性です。
クラシックなインテリアが好きで古いヨーロッパの演出が上手です。

驚いたのはデコパージュを施したハンガーと体重計です。これならリビングに置いてあってもインテリアとして美しいです。
ご主人の本棚の一部です。蔵書は表紙を外し、セピア色に統一されているのがステキです。
庭に咲いている花のテーブルフラワーにもセンスの良さが伺われます。
「老後の楽しみ」について話しながら、沢山のお料理とワインをいただきました。
高原の風を感じ、澄み切った空気と美しい景色を満喫した1日でした。美味しいお料理でもてなして下さった友人に感謝です。
2011年6月14日 09:00
箱根湯本に大好きな温泉旅館があり、先日ふと思いたって行ってきました。
新宿駅からロマンスカーに乗って、終点の箱根湯本で降ります。駅から歩いて7分ほどのところにある吉池旅館です。
吉池旅館には約1万坪に及ぶ回遊式日本庭園があり、その庭がとても気に入っています。
どんな季節にも、四季折々の花が風情たっぷりに咲いています。
部屋の窓から見下ろすとこんな感じです。庭には川や池があり、
遊歩道を歩きながらたっぷり楽しめます。ゆっくり歩くと1時間くらいかかります。
この庭は明治41年に造園されたそうですから103年の歴史があります。
ここは旧岩崎邸(三菱財閥二代目当主、岩崎弥之助の別邸)があり、別邸の一部と茶室と庭園が当時のまま残されています。岩崎弥之助といえば昨年のNHK連続ドラマ「竜馬伝」に登場していた人です。
庭から見上げる和館と茶室「真光庵」「暁庵」は、当時の趣そのままに見ることができます。
建物と庭は国登録有形文化財の指定を受けています。
吉池旅館の庭園では、広大な敷地のなかに数々の見所があります。園内を流れている美しい水は、庭園の側を流れている「須雲川」から取り入れています。
須雲川からの水は、この奥の方から音をたてて流れ込んでいます。
広い池には沢山の鯉が気持ち良さそうに泳いでいます。
庭の造りは変化に富んでいて、山奥の景色のように見える場所もあります。
私は「温泉が好き」と言うよりは「露天風呂に入りたい」から温泉に行くといった方がいいかもしれません。ここの露天風呂は庭の一部に作られていて、お風呂からの眺めは山の中にいるかのように見えます。
山深い田舎で育った私は、この緑に囲まれた露天風呂に惹かれています。
温泉での夕食はやはり和食がいいですね。
館内にある和食レストランのインテリアは素敵です。
フランクロイド・ライトのフロアスタンドが粗いタイルの壁面にとてもマッチしています。
横着な私は遠出をしなくても、自宅から2時間くらいで行けるこんな旅館が気に入っています。
2011年6月10日 09:00
いま、東京都庭園美術館で「森と芸術」展が開催されています。
タイトルには―私たちの中にひそむ森の記憶をたどってみよう―とありました。
白金台の庭園美術館まえの看板です。シート製の看板は緑のなかに溶け込んでいるようです。
この展覧会を見に行こうと思ったのは、5月15日付けの日本経済新聞の記事を読んだことがきっかけです。そこにはこの展覧会を監修した巌谷國士さん(いわや・くにお 仏文学者、美術評論家)のコラムが載っていました。
巌谷さんが3月18日のTV放映で「瓦礫の中でしなやかに立っている若木」を見て書かれたものです。
「自然は強いものだ。たえず生成と破壊をくりかえして変化しつづけ、もとにもどることがない。人間も本来は自然だった。それなのに自然を支配しようとしている。今回の震災でわかったのは、そんなもくろみが通用しなかったということである。」
展覧会のチラシはポール・セリュジエの「ブルターニュのアンヌ女公への礼賛」です。
監修中に震災を知った、巌谷さんはこの展覧会で伝えたかったことをこう記していました。
「文明は森、つまり自然と対立するものだった。」「芸術はそのことを知っていた。森が人間の遠い故郷であること、魅惑と恐怖の源であり、それゆえに聖なる領域であることを多くの作品が表現してきた。」
とありました。
この展覧会には多くの作家による絵画、彫刻、工芸品、森に関するさまざまなアート作品が展示されています。
会場である東京都庭園美術館は1933年に建てられた、旧朝香宮(あさかのみや)邸です。
アールデコの粋を集めた朝香宮邸は1983年から美術館になっています。
正面玄関にあるルネ・ラリックのガラスのレリーフはみごとです。写真では光が反射し
庭が映り込んでいるので、レリーフがよく見えません。興味のある方は足を運んでください。
朝香宮邸の庭に咲いていた美しいバラです。明るい希望が感じられます。
この展覧会は東北の震災まえに企画されていたものですが、震災後は見る人にとっても、その意味は大きく変わりました。
巌谷さんのメッセージの最後にあった「この震災によって、私たちの文明はさまざまな意味で自然と再開したのである」という言葉には深い感動を覚えました。 <展覧会は7月3日まで開催されています>
2011年6月 7日 09:00
建築に使う建材にはいろいろな種類のものがあります。私達は多くの建材の中から材料を選び、組み合わせながらリフォームを仕上げてゆきます。なかでもタイルは材質や色柄が豊富で、実におもしろい建材だと思っています。
外壁にタイルを張るのは一般的ですが、室内にタイルを使うのは近年めっきり減ってきました。タイルが使われなくなったのは、浴室がユニットバスに変わってきたことやキッチンの壁タイルも化粧パネルに変わってきたことなどが原因だと思います。ユニットバスや化粧パネルは工場生産が出来るうえに工事も簡単です。タイルは工事をする際に職人さんの手間がかかるので、パネル施工に比べると費用もかかります。
広い玄関ホールに小さなタイルの壁を作りました。残った柱を目立たなくするためです。
広がり感を出すため壁は天井まで作らず、目かくしになる程度で高さを抑えました。この壁はタイルのもつ存在感で空間を切り取り、だだっ広さを引き締める役割を果たしています。玄関は家の顔、緊張感のあるタイルの壁に布などを掛けてもオシャレです。
薪ストーブの背面に防火壁を作りました。外壁に使うタイルですからざっくりした素材感が楽しめます。
この壁は防火壁とインテリアとしての役割の二役を担っています。ここではあくまでも薪ストーブが主役ですから、タイルは控えめな色合いのタイルにしてみました。
洗面化粧台のカウンターをモザイクタイル張りにしました。
なんとなくレトロな感じです。
モザイクタイルはサイズが小さいので汎用性があり、日本でも昔から使われていました。タイル製の浴槽や丸モザイクを張った浴室の床、洗面台などはまだ記憶にあります。そのせいかモザイクタイルを使うとなんとなく懐かしいと思ってしまいます。
玄関ホール、キッチン、ローカ、洋室の床全部をフランス製のテラコッタ・タイルにしました。
暖かい風合いがこの家のインテリアに調和しています。
床をタイル張りにするのは西洋の習慣です。日本人は室内でクツをはかないので、基本的に床をタイル張りにはしません。私はどうしてもテラコッタの風合いを体験してみたいと思い、踏み切りました。もう11年この床で暮らしていますが、テラコッタのもつ素朴な感じに毎日癒されています。タイルは人の暮らしがある住宅には無くてはならない、永遠の建材だと思っています。
2011年6月 3日 09:00
今年は5月8日が母の日でした。
「母の日」は日ごろの母の苦労を労い、母への感謝を表す日として世界中で、祝われています。日本とアメリカでは5月の第2日曜日に祝っています。
沖縄の息子夫婦から送ってもらった芍薬です。到着した時は、芍薬の蕾が数本とピンクのカーネーションが
美しくアレンジされていました。芍薬が開いたころにはカーネーションが・・・。
「母の日はいつ誰が始めたものだろう」と知りたくなり調べてみました。
始まりはアメリカでの「女性達の反戦運動」から生まれたものだということが分かりました。南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子供を戦場に送るのを絶対に拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」を発したそうです。
ですが、ハウの運動は普及することがなかったそうです。
近くに住む息子夫婦と娘夫婦からのプレゼントです。このアレンジには紫の
カーネーションが使われています。真上からみるとこんなに華やかです。
側面からみると「母の日」にふさわしい、爽やかで優しい色合いのアレンジです。
幸せなことに、これにはスカーフのプレゼントも添えられていました。
もともとハウの運動はアン・ジャービスの活動である「母の仕事の日」にヒントを得たものでした。「母の仕事の日」とは、南北戦争中にウエストバージニア州で、敵味方問わず負傷兵の衛生状態を改善するために、女性の力を結束させた活動です。どうやら、この二人の女性活動家のお陰で現在の「母の日」があるようです。
ジャービスの死後2年経った1907年5月12日、その娘のアンナは、亡き母親を偲び、教会で記念会を持ち、母の好きだった白いカーネーションを人々に贈ったそうです。このことから、アメリカでは白いカーネーションが母の日のシンボルになったそうです。これが日本やアメリカでの母の日の起源とされています。
我が家で一緒に暮らしている姪から「母の日」の花束をもらいました。
白いカーネーションと赤いダリアのシックな花束です。
この記事を書いていて、50年前に亡くなった母親のことを想い出しました。
私の母は第二次大戦後、北海道の田舎に暮らしながら反戦運動をしていました。
その後、戦争孤児のための児童養護施設を開設し、亡くなるまで多くの子供達と共に過ごしました。現在も社会福祉施設「桜ヶ丘学園」は、北国の田舎で大勢の子供達を育んでいます。
「母の日」が「母の仕事の日」からヒントを得たものだと知り、私の母親の思いもその線上にあったのだと感じられて、久しぶりに母に会えたような気持ちになりました。