2011年2月25日 09:00
外出から帰ってきて家に入ったとたんに「あぁーこれは我が家の臭いだ」と気がついたことはないでしょうか。どのお宅にもそれぞれの生活の臭いはあると思います。毎日そこで暮らしていると慣れてしまい、臭いは感じなくなるものです。数日家を留守にして帰ったとたん「ウーン、この臭いだ」と気づくはずです。
私は特に鼻が良いわけではありませんが、家の臭いには比較的敏感です。
来客時には、玄関でこんなフレグランスを焚いたりします。
ユーカリのフレグランス・オイルを木製チップにふりかけ、小さな器にいれておきます。
家のドアを開けると、ユーカリの森にいるようで爽やかな気分に・・・。
現代ではフレグランスという言葉が一般的になりましたが、日本では昔から「お香」として親しまれていました。お香はその昔、仏教の伝来とともに中国から伝わって来たそうです。当時は仏前を清め、邪気をはらう「供香(くこう)」として用いられていました。現在も仏事では、祈りを届ける大切なものとして「お線香」があります。
平安時代には貴族が衣服や部屋に香りをくゆらして楽しんだそうです。その後の時代では武士が出陣に際して心を静めるためにお香を焚いたそうです。それが茶道や華道と同じように「香道」という芸道として現在も残っています。日本での香りの文化はいずれにしても限られた人々の間だけで伝わり、一般的ではありませんでした。
ところが最近は空前のアロマテラピーブームです。生活に自然の香りを取り入れ、ストレスを解消したり、心身をリラックスさせるフレグランスが注目され始めました。
沖縄の畑で拾った大きな豆の皮です。端に穴を空けてエッセンス・
スティックを差し込んでみました。ワイルドなエッセンス・トレイです。
ワインのコルク栓を3個あわせて、縄のひもで結んだもの。
エッセンス・スティックを真ん中に差し込むとスタンドに早や変わり。
フレグランス・オイルに細い木製のスティックを差し込んだもの。じわじわと香りが滲み出します。
香りが長続きするので部屋のフレグランスにはぴったりです。
私は旅行に行った先で、気に入ったフレグランスを買うようにしています。そうすると帰って来てからその香りに出会うたびに、その時に戻れるような気がするからです。
2011年2月22日 09:00
かなり前のことになりますが、戸建て住宅の庭をリフォームしたことがあります。庭のリフォームをすることになったのは、住まいのリフォームがきっかけでした。そろそろ引退を考えている60代ご夫婦のお宅です。
リフォームの要望は老後も安心して暮らせる「終の棲家」を作って欲しいということでした。木造住宅ですから構造補強をも含めバリアフリーなど、将来を見据えた安全な住まい作りを心がけました。
リフォーム前のお宅と庭です。奥のほうにスチール製の物置が見えます。
建物のリフォーム終了後、庭に目をやると何となく生気が無く、いかにも寒々しいのです。
リフォーム後の室内が、生き生きして見えたからなのかもしれません。リフォームの特徴として、どうしても室内にだけ目が行ってしまいがちになります。それで思い切って、庭のリフォームもご提案してみました。
庭をリフォームする際には、専門家に設計してもらいます。
左側に白梅、右端にもみじを配し1年を通して、庭を楽しめるように計画されていました。
この提案図面を見てお客様は「旅館の庭のようですね」と喜ばれました。
忘れがちになりますが、庭も大切な「暮らしのスペース」なのです。
リフォーム後の庭です。リフォーム前の写真と同じ位置から写したものです、見比べてください。
不思議なことに面積は同じなのに、奥行きと幅が広がったように感じます。
隣家とのブロック塀に高い建仁時塀を建て、周囲から庭園を切り取っています。中央には庭の中心になるよう、つくばいを設けました。
つくばいとは茶室に入る前に、手を清めるための手水鉢(ちょうずばち)とその周辺の石で構成されたものを言います。手水鉢が低い位置にあるため、体がつくばう必要があるためにつくばいと名がついたそうです。
リビングから庭をみたところ。水に濡れた赤い手水鉢と手前のひき臼が風流です。
庭は毎日眺めるのですから、リビングと一体になっているような庭造りがステキだと思います。
2011年2月18日 09:00
私達が使っている陶磁器は料理を引き立たせ「生活を豊かなもの」にしてくれます。陶器も磁器も「焼き物」ですが風合いは全く違います。私はどちらも好きですが、盛り付ける料理によって使い分けています。
逗子の明石則子さんの器です。直径20センチほどの浅い陶器です。
くすんだ地の色と絵柄が気に入って、買い求めたものです。陶器らしい特徴が、風合いにも形にもしっかり現れています。手作りの優しい感じが表現されています。この器には鮮やかな緑色の料理がよく似合います。
この長皿は素人の方が趣味で焼いたものです。青磁のような色とひび割れ柄が美しい。
このお皿を作った方は、退職後の趣味として陶芸を始めて数年になります。このお皿には魚の姿焼きに酢橘(すだち)などを添えると綺麗です。この作品は磁器に近いと思うのですが詳細は伺ったことがありません。
魚の形をした小鉢です。長皿と同じ人の作品です。
この皿を使うとテーブルが一気に賑やかになります。魚が今にも泳ぎだしそうに見えるからです。作者は年齢が70歳を過ぎていますが、こんなに自由な発想ができるのですから素晴らしいです。素人が作った焼き物の魅力はプロの作品よりも「作者の人柄がみえる」ところだと思っています。
陶器と磁器の違いは、土の違いにあります。陶器はもともと粘り気のある「陶土」を使い、
仕上がりは厚手で吸水性があります。磁器は石が細かく砕けたものが、長い間に粘土質になった土「磁土」を使っています。仕上がったものは硬くて薄く、吸水性は殆んどありません。
私が遊びで作った陶器の箸置きです。土の素朴な感じが出ていて気に入っています。
人はなぜ陶芸に憧れるのでしょうか。自分の手で形を作りそれを「道具として使うことができる」からなのかもしれません。
* 明石則子さんの器はカフェギャラリーwaku-taで注文することができます。
2011年2月15日 09:00
大好きな椅子をご紹介します。今から20年ほど前になりますが、使うのが目的ではなく身近において楽しむために買った小さな椅子です。当初はもっと白木っぽい色だったのですが、時間の経過とともに味わい深い色になっています。素地を生かした木製の椅子はこんなところも魅力です。
アルヴァ・アアルト「65チェア」です。この椅子を見ているとなぜか優しい気持ちになります。
最近はいろいろなところで目にしますから、みなさんにも馴染みの椅子ではないでしょうか。フィンランドの建築家アルヴァ・アアルト(1898~1976年)がヴィープリの図書館(1935年完成)のためにデザインした椅子のひとつです。今から80年ほど前の作品ですから、このモダンなデザインには驚かされます。
背もたれが特徴の椅子です。素朴でハイセンスなデザインに古さは感じません。
このシンプルな木製の椅子はフィンランド産のバーチ(樺)材を素地のままで使っています。安価で大量に生産できるよう、木ねじと接着剤で簡単に組み立てられるデザインにしたといわれています。アアルトの優れているところは、家具材としては柔らかすぎるフィンランドの木材を積層合板と曲げ技法を開発して、全く新しい手法で堅牢な家具を作ったことにあります。無垢材の端部を曲げた、椅子やテーブルの脚は「アアルトレッグ」といわれ世界で唯一の製法として特許を取っています。この椅子は座面と脚の接点付近が曲がっていますが、側面からみるとその製法が確認できます。当時、産業らしい産業がなかったフィンランドに家具産業を興し、それが現在までも続いています。この椅子は東京では南青山のセンプレデザインで見ることができます。
アアルトの代表的な住宅が数多く掲載されている写真集。
アルヴァ・アアルトはフィンランドでは紙幣に顔写真が載るほどの国民的な建築家でした。
公共建築だけでなく、住宅などの多くの作品を設計しました。いまでも世界中の建築家に愛され尊敬されています。
住宅のリビングの写真。この写真をみて驚くのは、現代にも通用するモダンなインテリアです。
ある住宅の外観、シャープな屋根のラインがアアルトらしいところです。
アアルトの建築や家具は「洗練されたデザインと人間らしい温かさ」にあふれていて、心を奪われます。
2011年2月10日 09:00
数年前になりますが、尾道から瀬戸内「しまなみ街道」を通って愛媛県松山市にある「道後温泉」に行ってきました。「道後温泉」と言えば夏目漱石の「坊ちゃん」でも有名で別名「坊ちゃん湯」とも言われています。1994年に国の重要分化財として指定された温泉共同浴場です。
日本最古の温泉、道後温泉本館の正面玄関(左側の暖簾が下がっている方)です。
道後温泉本館は1890年に道後湯之町の初代町長だった伊佐庭如矢(いさにわゆきや)という人が「町おこし」のため、自分の給与を無給にして造ったそうです。温泉場だったところに豪壮な建物を造り、鉄道を引き、関西からの航路も開いたそうです。町の財政を圧迫する無謀な計画だと批判されながらも実行に移し、現在にいたっているそうです。先見の命と実行力があったのですね。現代の政治家にも見習って欲しいようなお話しです。
棟梁は城大工の坂本又八郎です。とくに3階部分を見れば見るほどお城のように見えるのはそのせいだったのですね。
本館の裏側です。3階建ての様子がよく分かります。
この建物は木造3階建てで完成してから117年も経っているのに、いままで大掛かりな改修工事は行われていないそうです。棟梁の腕の良さが改めて浮き彫りになるような話題です。最近ではいよいよ改修の検討も始められているようです。お城のような大きな建物ですから、耐震工事を含めた改修工事をしようとすると11年もかかるそうです。
1階には「神の湯」、2階は「霊の湯(たまのゆ)」があります。浴槽に使われている石の違いでその名前がついたそうです。私は2階の霊の湯に入りました。広い浴室の真ん中に丸くて広い浴槽があります。「夏目漱石もこの温泉に入ったのね」と妙に感激しながら熱めのお湯に入ったのを思い出しました。
2011年2月 8日 09:00
2月3日は節分でした。
仕事が終わって家に帰ったところ贈り物が届いていました。しばらく連絡がとれていなくて「どうされているかしら」と気がかりだった方からの贈り物でした。「何かあったのかしら・・・」と不安な気持ちでもあり、急いで包みを開けてみました。
枡の形をした箱に、クリクリとした形の詰め合わせ菓子です。
「愛らしい形だけど、これはなんだろう!」
和菓子だということは分かったのですが、最初は「おもしろい形をしたお菓子だなー」という思いだけでした。それから数分後に「あれ?もしかしてあれは豆なんじゃないの」ともう一度パッケージを開けてみたところ・・・。
そうでした・・・・やっぱり節分の豆を型取った「りっぱな和菓子」です。
節分の日のために作られた「たった1日だけの和菓子」だったのです。贈って下さった方はサプライズのつもりはなかったかもしれませんが、私はこのサプライズに感動してしまいました。
日本にははっきりとした四季があって、私達はそれを肌で感じて生活しています。そんな風土で生まれた和菓子は、そのときどきの季節感を「味わえる」ことを大切にしてきた文化なのだと知りました。
「福ハ内」と名が入ったこのお菓子は京都「鶴屋吉信」の和菓子です。
京都の鶴屋吉信は創業1803年といいますから208年も経った和菓子の老舗です。
「福ハ内」が誕生したのは今から107年前のことです。節分の豆まきにヒントを得て作られたお菓子だそうで、杉の枡に入っています。枡を意味する斜めに渡した竹もついています。立春を祝う「福ハ内」は枡々繁昌の縁起がよろこばれて新年菓としても人気があるそうです。
「福ハ内」をご存知の方にとっては驚くことではなかったのかも知れませんが、このお菓子に初めて出会った私は忘れられない出会いになりました。
2011年2月 4日 09:00
リフォームで部屋のドアを取り替えることはよくあることです。そんな時にどんなドアを採用するかは、誰もが迷うところです。
私は過去に2度の自宅リフォームを経験しています。1回目の時には日本製の既製品と建具屋さんに依頼して造ったものの混在でした。2度目の時には輸入のドアを使ってみたいと思っていました。
個室2部屋とトイレのドアをカナダからの輸入ドアにしてみました。
カナダからの輸入ドアは価格も安いしデザインもよいのですが、ショールームで実物サンプルを見て決める訳ではないので冒険です。材質さえ気に入れば多少の難は見逃そうと思っていました。品質が分からない製品をお客様のお宅で採用するのは難しいので、まず自宅に取り入れてみました。
このドアは米松の「框ドア」です。高さは2メートル3センチ2ミリあります。最近の流行からすれば少し低いほうでしょうか。価格は2万5千円でしたから、かなり安いと思います。
ドアノブはついてきませんから、日本製のレバーハンドルを選びました。
ドアは米松のムク材なので重くてドッシリしています。重いドアには丁番が3カ所は必要で、ドアノブもしっかりした造りのものが合います。開閉の際に「バシッ」という重厚感のある金物を選んでください。
このドアは無塗装品(塗装をしていない素地のまま)なので、汚れ防止のためクリア塗装をしました。好みによってペンキを塗ることもできます。
我が家では床にテラッコッタ・タイルを貼ったので、ドアは木製素地のままが似合うのではないかと思いました。時間が経つにつれて木肌に色がつき、現在は暖かい色合いになっています。ムク材を素地で使う楽しみはこんなところにもあるのです。
こうして見ると、田舎屋のローカを歩いているような錯覚をおこします。
リフォームで室内インテリアをどのように仕上げるのかは、使う建材の選び方によって決まります。我が家はカントリー風にリフォームしたので、都会的な住まいではありません。でもそんな「田舎暮らし風」が落ち着けて気に入っています。
2011年2月 1日 09:00
先月のことですが、私は○○歳の誕生日でした。実は自分の誕生日は思い出さないようにしていますから、当日はすっかり忘れていました。
「天方さん、○○さんから荷物ですよ」と小包みが会社の席に届けられました。
「フローリング材のサンプルかしら・・・」などとつぶやきながら「梱包を開けてみてビックリ!」中にはこんな2本の杖が入っていました。
入っていたのはたいへん立派な「トレッキング・ポール」でした。
「あっ!そう言えば・・・・あのとき」○○さんは私に「誕生日プレゼントに丈夫な杖を買ってあげるね」と言っていたことを思い出しました。
昨年の12月、会社のリクリエーションで御岳山にハイキングに行ったときのことです。私がよろよろしながら坂道を登っている姿を見てつい不憫に思い、口走ってしまったのでしょう。優しい彼はそのときのことを思い出し、プレゼントしてくれたのだと気がつき「胸がジーン」でした。
実は当日も、同僚が道路わきでこんな杖を見つけて私を助けてくれました。
山から下り平地に出たところで、このしぶい杖ともお別れです。
なごり惜しく、今でも「置き去りにした杖はどうしているだろう」などと思い出しています。
ちょうどその時「みたけ山トレイルラン2010」という大会が開かれていました。
トレイルランはこの場合山道徒競争(通常は土の上を走る)の意味だそうです。
まぢかで見るのは初めてでしたが、参加者が若い人から高齢者まで年齢の幅が広いのには驚きました。とても太刀打ちできるものではありません。
最終ゴール地点が御嶽神社でしたから、歩いて登っても相当きついのに走るのですから想像を絶します。
弱った私の脇を元気な老若男女が颯爽と走り抜けて行っていましたから、余計に哀れみを誘ったのかもしれません。
次回のハイキングの際にはこの杖、いえいえポールさえあれば怖いものなしです。
春になったら颯爽と両手に2本のポールを持って、山(丘でもよし)登りする姿をいまから夢に見ています。